女優たちの足跡(№375)
「蓋棺事定」、棺を蓋いて事定まる、すなわち、人間の真価は死んでから決まる、というが、最近、私は本邦の二人の女優の足跡を辿る中で、改めてその思いを深くするに至った。
ひとりは乙羽信子。昭和58年4月から一年間放送されたNHK連続テレビ小説『おしん』で、当時60歳になったばかりの乙羽は、主人公の晩年を見事に演じきり、大きな感動を呼んだ。彼女は13歳で今の宝塚音楽学校に入学、娘役トップにまで成長して看板スターとなり、その名声をひっさげて26歳で映画界に転身。翌年27歳時の『お遊さま』(監督溝口健二)では田中絹代の妹役で宝塚時代を彷彿とさせる可憐な姿をみせている。しかしこの年、運命の人、新藤兼人監督と出会って以降、新藤と公私にわたるコンビを組み、28歳で本邦初の被爆映画である『原爆の子』、30歳で社会の最底辺をのた打ち回る女を演じた『どぶ』、そして36歳で、生きるため瀬戸内海の小島で水桶を山の畑に延々と運び続ける夫婦を演じた無言劇『裸の島』と、映画界にショックを与え続けたが、私が最も胸打たれたのは二人の最後の作品『午後の遺言状』である。71歳、癌と闘病中だった彼女の表情、演技は観客の眼を釘付けにしたが、遺作となった本作で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を得た乙羽の遺骨は、遺言どおり『裸の島』の舞台であった広島県三原市沖の宿禰島に散骨されたという。
もう一人、最近私の中で大きく評価を上げたのが浅丘ルリ子である。私にとってそれまでの彼女は、化粧の濃い日活ヤンキー映画の女優さん、という程度であったが、最近、彼女が、当時親しかった佐久間良子の『五番町夕霧楼』を観て衝撃を受け、会社に直談判して24歳で出演した『執炎』という作品があるという映画評を見、これを観てみたが、確かにそれまでの印象を覆す出来栄えであった。これを契機に彼女の作品群を漁り始めたのだが、15歳でオーディションを勝ち抜いた処女作『緑はるかに』での美少女ぶりに驚き、『男はつらいよ』シリーズのマドンナ・リリー役でのピッタリ感に唸り、昨夜観た2011年公開の『デンデラ』という、あの姥捨て山伝説での、棄てられた老女達の後日談という奇抜な構想の作品では、主役の老婆を美しく怪演する様を堪能した。その彼女、現在81歳だが、11月28日から日曜夜のNHKBSプレミアムのドラマ「生きて、ふたたび
保護司・深谷善輔」(全8回)で自分の子供を殺して服役・仮出所した女を演じるという。楽しみである。
(J.F.)