映画を通して感じられるイランの人びと(№355)

 皆さんはイランという国にどんなイメージをお持ちだろうか?
 私が、現代イランの普通の人々の生き方に触れた、と感じたのは、4年ほど前に観た「別離」という映画であった。2011年製作のこの映画は、ベルリン国際映画祭の最高賞である金熊賞と、全編ペルシャ語の映画としてその年の米国アカデミー賞外国語映画賞をダブル受賞した、ということで興味を持ったのだが、ドラマはテヘラン市内に住むインテリ層の一家が舞台で、年頃になった娘を欧米に留学させたい妻と、アルツハイマー認知症の父親の介護を心配する夫、そしてこの父親の世話に雇われたヘルパーの娘という、日本社会と変わらないその状況が、私にとっては意外、かつ新鮮であった。
 私が次に出会ったのが、先年亡くなったアッバス・キアロスタミ監督の映画「友だちのうちはどこ?」(1987年)である。主人公は、間違ってクラスメートの宿題用ノートを持ち帰ってしまった小学生。「宿題を忘れた者は退学になる」と先生に聞かされていた彼は、ノートを返そうと、行ったことのない友だちの家を探しに出かけるが…。国境を越えて“人間”は同じと感じさせるこの映画は2005年、英国映画協会が選んだ「14歳までに見ておきたい50の映画」の5位にランクインしている。
 アカデミー賞の外国語映画賞を受賞しているもうひとつのイラン映画が「セールスマン」(2016)である。アーサー・ミラーの戯曲「セールスマンの死」の舞台に出演中の素人演劇人の夫婦。ある日、引っ越ししたばかりの自宅で、夫の留守中に妻が何者かに襲われ、ふたりの穏やかだった生活は一変する。事件を表沙汰にしたくないと警察への通報を拒否する妻に納得できない夫は、自分自身で決着をつけるべくひそかに犯人捜しを続ける。演劇と犯人探し、夫婦の感情のずれがスリリングに絡み合い、やがて物語は思わぬ展開に…。日本映画か、と思わせる丁寧なつくりで好感が持てる本作だが、主演のタラネ・アリドゥスティが来日インタビューで「自分は正しいから復讐(ふくしゅう)してもいい、という考えは、信じることのためにものが見えなくなっている。自分と同じく、人も幸せになる権利があると考えられない人がテロを起こす」 と述べている。イランを代表する女優として、国内で出演するドラマは国民の9割が見る、と言われるタラネ。こんな女優もいるんだと感じさせられた。

(J.F.)

2020年03月27日